美容室を開業するとき、内装工事や集客、スタッフ採用には多くの時間をかける一方、後回しになりやすいのが在庫管理です。
しかし、カラー剤、パーマ剤、トリートメント、シャンプー、店販商品などの在庫は、仕入れた時点で現金が商品や材料に変わったものです。バックルームに使われないカラー剤が20万円分あれば、自由に使える預金が20万円減っているのと同じ状態になります。
反対に、在庫を減らしすぎると、施術当日に必要なカラー剤がなくなったり、顧客が購入を希望した店販商品を渡せなかったりします。これは売上機会を失うだけでなく、顧客からの信頼を損なう原因にもなります。
美容室の在庫管理で重要なのは、単純に在庫を減らすことではありません。
必要な商品は切らさず、動かない商品には現金を使いすぎない状態をつくることが在庫管理の目的です。
本記事では、美容室特有の在庫をABC分析で分類し、適正在庫、発注点、棚卸し、POSシステムの活用方法まで具体的に解説します。
バックルームに眠るカラー剤は「現金」が止まっている状態
美容室の在庫には、大きく分けて次の3種類があります。
| 在庫区分 | 主な商品 | 管理上の特徴 |
|---|---|---|
| 施術材料 | カラー剤、パーマ剤、処理剤、トリートメント | 1回の施術で一部だけ使用する |
| 店販商品 | シャンプー、トリートメント、スタイリング剤 | 1商品単位で入出庫を管理しやすい |
| 消耗品 | 手袋、イヤーキャップ、ペーパー、タオル用品 | 単価は低いが、欠品すると営業に影響する |
店販商品は、会計時に販売個数をPOSへ登録すれば、在庫を1個減らせます。一方、カラー剤は複数の色を混ぜたり、顧客によって使用量が変わったりするため、店販商品と同じ管理方法では正確な数量を把握しにくい特徴があります。
そのため、美容室の在庫管理では、すべての商品を同じ精度で管理しようとしないことが大切です。
例えば、1本900円のカラー剤を150本仕入れれば、仕入金額は13万5,000円です。使用頻度の低い色まで各3本、4本とそろえると、開業時点で数十万円の資金が在庫に変わる可能性があります。
開業直後は、家賃、人件費、広告費、借入返済などの支払いが続きます。売上が安定する前に過剰在庫を抱えると、預金残高が想定以上の速さで減ってしまいます。
どんぶり勘定の在庫管理が引き起こす「黒字倒産」の入り口

黒字倒産とは、帳簿上は利益が出ていても、支払いに必要な現金が不足して経営を続けられなくなる状態です。過剰在庫だけで黒字倒産が起こるわけではありませんが、資金繰りを悪化させる代表的な要因の一つです。
中小企業庁の資料でも、キャッシュフローを管理するうえで、過剰在庫のリスクや在庫が売れていくスピードを把握する重要性が示されています。中小企業庁「経営力向上のヒント」
利益が出ていても現金が減る仕組み
次のような月を想定してみます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 売上入金 | 200万円 |
| 実際に使用・販売した材料原価 | 20万円 |
| 人件費、家賃、広告費など | 150万円 |
| 帳簿上の利益 | 30万円 |
| 実際の材料仕入支払い | 50万円 |
| 借入金の元本返済 | 20万円 |
帳簿上では30万円の利益が出ています。しかし、実際の現金収支は次のようになります。
200万円-50万円-150万円-20万円=マイナス20万円
材料を50万円仕入れても、その月に使ったのが20万円分であれば、残りの30万円分は在庫として残ります。期末在庫は資産として扱われるため、すぐに全額が費用になるとは限りません。しかし、仕入代金として現金はすでに支払っています。
さらに、借入金の元本返済は損益計算上の費用ではありませんが、預金残高は減ります。
このため、「売上も利益も出ているのに、なぜか現金が残らない」という状態が起こります。
在庫金額は、利益だけではなく預金残高とセットで確認する必要があります。
開業時の初期在庫は「何となく一式」で決めない
開業時は販売実績がないため、不安から多めに仕入れたくなります。しかし、初期在庫は次の要素から逆算できます。
- 予定している月間客数
- カラー、パーマ、トリートメントなどの施術比率
- 1回の施術で使用する標準量
- 発注から納品までの日数
- 商品ごとの最低発注単位
- 開業後1〜2週間の予約状況
例えば、月間客数160人、カラー比率45%、カラー1剤の平均使用量を80グラムと仮定すると、1か月の使用量は次のようになります。
160人×45%×80グラム=5,760グラム
1本80グラムの商品であれば、全色合計で72本相当です。ただし、実際には色味、明度、白髪染め比率などで使用量が分散します。
そのため、72本をすべての色へ均等に配分するのではなく、使用頻度の高いベーシックな色へ厚く配分し、特殊色は予約に応じて発注する設計が必要です。
なお、上記は計算方法を示すための仮定です。実際の使用量は技術、薬剤、メニュー構成によって変わるため、自店の施術設計に合わせて計算してください。
ABC分析による適正発注

ABC分析とは、商品を使用量や売上への貢献度が高い順に並べ、重要度に応じてA、B、Cの3段階に分類する方法です。
中小企業基盤整備機構のJ-Net21でも、ABC分析は商品の売上状況や在庫バランスを把握する方法として紹介されています。J-Net21「小売店のABC分析表」
美容室では、店販商品と施術材料で分析基準を分けると実用的です。
- 店販商品:売上高、粗利益額、販売個数で分析する
- 施術材料:年間使用金額、使用頻度、欠品時の影響で分析する
施術材料の年間使用金額は、次の式で求められます。
年間使用金額=仕入単価×年間使用数量
A・B・Cの分類基準
分類基準に絶対的な正解はありません。開業時は、年間使用金額の累計構成比を目安に、次のように設定すると運用しやすくなります。
| 分類 | 累計構成比の目安 | 美容室での例 | 管理ルール |
|---|---|---|---|
| A | 0〜70% | 定番カラー、オキシ、主力シャンプー | 毎週確認し、発注点を設定 |
| B | 70〜90% | 特定メニュー用処理剤、準主力店販商品 | 2週間または月1回確認 |
| C | 90〜100% | 特殊色、使用頻度の低い薬剤、低回転商品 | 予約発注または在庫上限1個 |
A商品は品目数が少なくても、材料費全体に占める割合が大きいため、欠品と過剰在庫の両方を重点的に管理します。
C商品は使用金額が少ない一方、品目数が増えやすい領域です。「念のため1本ずつ」という仕入れを繰り返すと、C商品だけで大きな在庫金額になることがあります。
C商品は管理しなくてよい商品ではなく、在庫を持つ理由を厳しく確認する商品です。
売上ランクと在庫ランクを比較する
店販商品では、売上のABCランクと在庫金額のABCランクを比較します。
例えば、売上ではCランクなのに、在庫金額ではAランクになっている商品があれば、過剰在庫の可能性があります。
J-Net21でも、売上高のランクより在庫高のランクが高い商品を、過剰在庫の候補として確認する考え方が紹介されています。J-Net21「小売業の在庫費用削減策」
ただし、使用頻度だけで判断してはいけない商品もあります。
例えば、使用頻度の低い薬剤であっても、そのメニューを提供するために不可欠で、欠品すると予約を受けられない場合があります。このような商品には「欠品影響大」というフラグを付け、Cランクでも最低1個は確保するなど、別のルールを設けます。
開業後3か月は毎月分類を見直す
開業前のABC分類はあくまで予測です。実際の顧客構成が想定と異なることは珍しくありません。
開業後は、少なくとも最初の3か月間、次の情報を毎月確認します。
- 商品別の使用数量
- 店販商品の販売数量
- 欠品した回数
- 廃棄、破損、サンプル使用の数量
- 90日以上動いていない在庫
- 在庫金額の増減
開業後3か月分のデータが集まったら、予測ではなく実績に基づいてA、B、Cを再分類します。
「90日間動いていない商品」は、あくまで社内管理上の基準例です。商品特性や季節性に応じて60日、120日、180日などへ調整してください。
発注点の設定とディーラーとの連携
発注点とは、「在庫がこの数量まで減ったら発注する」という基準です。
発注点は、次の式で設定できます。
発注点=1日平均使用量×納品リードタイム+安全在庫
安全在庫とは、予約の増加、使用量のばらつき、配送遅延などに備えて持つ予備在庫です。
発注点の計算例
ある定番カラー剤を1週間に5本使用し、週6日営業しているとします。
1日平均使用量は次のとおりです。
5本÷6日=約0.83本
発注から納品まで3営業日かかる場合、納品を待つ間に必要な数量は約2.5本です。
0.83本×3日=約2.5本
さらに2本を安全在庫として持つ場合、発注点は次のようになります。
2.5本+2本=4.5本
端数を切り上げて、「在庫が5本になったら発注する」と設定します。
発注数量は在庫上限から逆算する
発注点だけを決めても、毎回大量に発注すれば過剰在庫になります。そのため、発注数量と在庫上限も決めておきます。
発注数量=在庫上限-現在庫-発注済み未入荷数
例えば、在庫上限を12本、現在庫を5本、すでに発注済みの商品を2本とすると、今回の発注数量は5本です。
12本-5本-2本=5本
発注済みの商品を計算に入れないと、納品前に二重発注する可能性があります。
ディーラーへ事前に確認する項目
在庫量を決める前に、取引予定のディーラーへ次の項目を確認します。
- 注文の締め時間
- 通常時の納品日数
- 土日祝日を挟む場合の納期
- 最低発注数量
- 送料無料になる注文金額
- 欠品時の代替品
- 廃番やリニューアルの連絡方法
- 緊急配送の可否と費用
- 誤発注時の返品条件
- 開業直後の追加注文への対応
送料無料にするためだけに不要な商品を追加すると、送料以上の不良在庫を抱える可能性があります。送料と追加仕入額を比較し、必要な商品だけを発注する方が資金繰りに有利な場合があります。
最初から完全自動発注にしない
発注点を下回った商品をシステムが検出し、発注候補リストを作成する機能は便利です。ただし、開業直後は使用実績が少なく、季節変動やキャンペーンの影響も読み切れません。
中小企業基盤整備機構のデジタル化支援情報でも、発注点の設定はシミュレーションしながら段階的に調整し、入力間違いによる誤発注にも注意する必要があるとされています。
開業後3〜6か月は、「自動発注」ではなく「発注アラート」にとどめ、オーナーや責任者が数量を確認してから注文する運用が安全です。
POSシステムの在庫管理機能をフル活用する

在庫管理システムを導入しても、入荷や使用実績が入力されなければ帳簿在庫と実在庫は一致しません。
システム導入で最も重要なのは、多機能な製品を選ぶことではなく、誰が、いつ、何を入力するかを決めることです。
開業前に商品マスターを整備する
商品マスターには、次の項目を登録するのが理想です。
- 商品名
- 商品コード
- 商品区分
- 仕入単価
- 販売価格
- 仕入先
- 発注単位
- 保管場所
- ABCランク
- 発注点
- 在庫上限
- 使用期限やロットの管理要否
- 欠品時の代替商品
同じ商品を略称や表記違いで重複登録すると、在庫が分散して表示されます。登録担当者を決め、商品名のルールを統一してください。
店販商品と施術材料を分けて管理する
店販商品は、POS会計と在庫を連動させやすい商品です。販売時に1個ずつ自動で在庫を減らせれば、手入力を大幅に減らせます。
一方、施術材料には次のいずれかの方法が必要です。
- メニューごとに標準使用量を登録する
- カルテの薬剤情報から使用量を記録する
- 月末の実地棚卸しから使用量を計算する
- 高額材料だけ使用の都度記録する
カラー剤の開封済みチューブを毎日1グラム単位で入力すると、現場の負担が大きくなります。
現実的には、未開封品は本数で管理し、開封済み商品は標準使用量で計算します。単価が高い商品や差異が大きい商品だけ重量を量るなど、管理精度に差をつける方法が適しています。
棚卸しは「一斉作業」から「循環棚卸し」へ変える
年に1回だけ全商品を確認する方法では、在庫差異が見つかっても、いつ発生したのか特定できません。
そこで、ABCランクに合わせて確認頻度を変えます。
| 頻度 | 確認内容 |
|---|---|
| 毎日 | 入荷、返品、廃棄、破損をその場で登録 |
| 毎週 | A商品の実数確認と発注候補確認 |
| 2週間ごと | B商品の実数確認 |
| 毎月 | 全商品の棚卸し、C商品と長期滞留品の確認 |
| 3か月ごと | ABC分類、発注点、取扱商品の見直し |
例えば100品目を手書きで1品30秒かけて確認すると、数量確認だけで約50分かかります。バーコードやタブレットを使い、1品10〜15秒で登録できれば、単純計算では約17〜25分まで短縮できます。
これは操作時間を仮定した計算例ですが、紙への記入、Excelへの転記、集計の工程をなくすことで、さらに作業を減らせる可能性があります。
毎月確認したい在庫管理の指標
POSや在庫管理システムでは、次の数値を毎月確認します。
| 指標 | 計算方法 |
|---|---|
| 在庫金額 | 仕入単価×実在庫数 |
| 在庫月数 | 現在庫金額÷1か月平均使用金額 |
| 在庫回転率 | 年間使用原価÷平均在庫金額 |
| 長期滞留在庫率 | 一定期間動いていない在庫金額÷総在庫金額 |
| 在庫差異率 | 帳簿在庫と実在庫の差÷帳簿在庫 |
| 廃棄率 | 廃棄金額÷仕入金額 |
| 欠品件数 | 欠品により販売・施術へ影響した件数 |
開業直後は、在庫差異率3%以内を最初の管理目標例とし、運用が安定したら1%以内を目指すなど、段階的に精度を高めます。この数値は業界共通の基準ではないため、自店の品目数や管理方法に応じて調整してください。
システムを選ぶときの確認項目
在庫管理機能を比較するときは、単に「在庫管理ができるか」だけでは不十分です。
- 店販商品の販売時に在庫が自動で減るか
- 施術材料の標準使用量を登録できるか
- 入荷、返品、廃棄を区別できるか
- 発注点アラートを設定できるか
- 発注済み未入荷数を管理できるか
- 複数店舗間の在庫移動に対応できるか
- 操作履歴を確認できるか
- CSV形式でデータを出力できるか
- スマートフォンやタブレットで棚卸しできるか
- 予約、カルテ、会計情報と連携できるか
- スタッフごとの操作権限を設定できるか
予約、カルテ、会計、在庫を別々のシステムで管理すると、同じ商品を複数回登録したり、数字を手作業で転記したりする必要があります。
一方、一体型のシステムにも、施術材料の自動消費、ロット管理、発注機能などの対応範囲には違いがあります。契約前に自店の在庫管理表を見せ、必要な運用が実現できるかを確認することが重要です。
まとめ:在庫管理は開業後ではなく、仕入れる前に設計する
美容室の在庫管理は、棚に並んでいる商品を数えるだけの作業ではありません。欠品による機会損失を防ぎながら、手元資金を守るための経営管理です。
開業前に、最低限、次の5項目を決めておきましょう。
- 商品を施術材料、店販商品、消耗品に分ける
- ABC分析で管理の優先順位を決める
- A商品に発注点と在庫上限を設定する
- 入荷、使用、廃棄、返品の入力担当者を決める
- POS上の在庫と実在庫を毎月照合する
在庫管理システムは、ルールを自動化する道具です。運用ルールが決まっていなければ、システムを導入しても在庫差異や過剰発注は解消されません。
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